リレーブログ「朝のドラマ」朝のドラマとは何だったのか(篠原友紀)

劇団フルタ丸の「朝のドラマ」が7月7日の七夕の日に終わりました。

関わってくださった多くのスタッフの皆様、観にいらしてくださった沢山の皆様、本当にありがとうございました。

そして千秋楽まで元気に過ごせるように見守ってくれた家族のみんな、困った時にはいつも頼りにさせてくれた逞しいフルタ丸のみんな、本当にありがとうございました。

沢山の方に支えられて、この公演を無事に終わらせる事が出来ました。

本当に本当にありがとうございました!

フルタ丸リレーブログ「朝のドラマ編」は今週が最終週です。

終演後に何を書こうかと考えましたが、篠原が舞台に上がる時に強く思っていた事などを書きつつ、朝のドラマとは何だったのかに辿り着けたらと思います。

今回はとにかく、自分を出さないように出さないようにと思って演じました。

脚本がとても面白く、登場するどのキャラクターも魅力的だったので、とにかくそれを生かす為にはと思って取り組みました。

セットが立ちお客様の席を並べた後に舞台に上がった時、あぁこの劇場には全て見透かされてしまうと感じました(どの劇場でも手を抜くなんて事は考えませんが、ここに立った瞬間に、特に強く感じたのです)。

そう思った瞬間に、急に心臓のどきどきが速くなり、身体中を緊張が走りました。

今まで、ちっとも緊張しなかったのに、舞台に立った瞬間にです。

舞台から降りるとどきどきは治りますが、あそこに行くぞとなった時には、やはりどきどきはやって来ました。

本番直前、袖でスタンバイしている時、心臓のどきどきが最大級に大きく速くなり、身体はふらっふらでした。

緊張に負けそうになる自分に、目を絶対に閉じるな!しっかり前を見て!行くぞ!やるぞ!と言い聞かせ、私はナツコさんが舞台で大暴れ出来るように、ただただ入れ物になるんだ。と言い聞かせていました。

ネバーエンディングストーリーという映画で、アトレーユという男の子が冒険の途中で、二体のスフィンクスの間を通り過ぎなくてはいけないシーンがあります。

そのスフィンクスは、そこを通る人が少しでも恐怖を感じてしまったら、その瞬間に閉じていた目を開き、その目からビームを飛ばします。

道には、恐怖を感じてしまい、スフィンクスのビームでやられてしまった人たちの亡骸がそこかしこにあります。

アトレーユは恐怖に飲み込まれてしまいそうになります。

アトレーユがスフィンクスの間を通り抜けられたかどうかは映画の本編をご覧いただくととして、篠原は舞台に上がるにあたり、この場面のアトレーユでした。

私の場合は恐怖ではなく、少しでも篠原が登場したり、気持ちが別のところに行った瞬間に、劇場にいる神様がスフィンクスに命令を下し、二体のスフィンクスのビームにやられると思っていました。

だから、ただただ、ナツコさんの入れ物になる事だけに集中しようと努めました。

いざベットに腰掛け、お話が始まってしまえば、もう後は心配なく、ナツコさんが楽しそうにルンルン生きてくれました。

ナツコさん、私もとっても楽しかったです。

あの時期、私はどんなにダサくても確かに生きていたし、出来そうにない事でも絶対に諦めたくなかった。

最後の最後まで、絶対に良く生きたいって思ってた。

その気持ちは今もずっと続いていて、まだ見ぬこれからを思うと胸がときめきます。

素晴らしいスタッフの皆様、お客様、客演の皆様、家族、メンバーのみんなに支えていただき、そしてナツコさんと一緒と過ごせた事で、人生が改めて輝き出しました。

何度も言っていまいますが、やっぱりありがとうございました。

「もう遠慮なんかしてる場合じゃないし、誰かの顔色なんか伺ってる場合じゃない。

やりたいことしかやりたくないし、会いたい人にしか会いたくない。

誰になんと言われようとも、野垂れ死にしようとも、それでいい。それがいい。

私決めた。そう決めた。」

ナツコさんが自分の気持ちを初めて強く人に伝えられた時の言葉たちです。

朝のドラマとは、私を未来に連れて行ってくれるのは、私なんだよと、とても優しく教えてくれる、そんなドラマだったと思います。

気付いた人から、どんどん楽しい毎日を送れるようになってしまう。ちょっとした魔法のようなドラマだったと思います。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

また元気で皆様にお会いしたいです。

神蔵 夏子 を演じました、篠原 友紀。

(Photo by タカハシアキラ)

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